その男は、幼くして人を殺め、以降そのことだけを生き甲斐に生きてきた。
人が人を殺すことには、特別な理由があるのだと、世間一般では言う。虐げられていた、何かを守りたかった、罪を犯さなければ死んでいた、など。しかし、彼の場合は別に他に拠り所が無かったとかそういう話ではなく、単純に人を殺すのが好きだった。人は儚く脆い。だから殺す。
人がいる、だから殺す。それだけの単純な話だった。

「異常」と呼ばれるのは知っていたが、構わなかった。少し変わった高校に入っても、それは変わらなかった。




その女は、彼と同じく「異常」と呼ばれる女だった。
彼からしてみれば一体どこが異常なのか、というくらい普通な女だった。よく笑い、よく怒る。運動能力も取り立てて素晴らしいわけでもなく、頭も……まぁ最低限「異常」だったが、他にすごい人物はいるだろう。
ただ彼女は一度のみならず、十数年の人生において50回以上死に掛けているらしい。詳しい事情は知らない。ただ自分とは対極に、人がいる、だから殺される。それだけは知っていた。


実際に、彼女は儚く脆い。首をへし折りたい。その細い胴に凶悪な刃を突き立てたい。胸を貫くのもいい。足を抉るのもいい。スタイリッシュに刃物?それとも彼女には不釣合いな鉄の玉?100を超える殺し方を思いつき、そしてそれを何度も実行しようとした。

だけどできなかった。







「なぁに?」




いつものように彼の庭にいた彼女は、彼の声に無防備に笑顔で返してきた。彼がその手に持った凶器を見ても、その表情は一切変わらない。
きれいな名前だと思う。かわいらしい笑顔だと思う。いとおしい存在だと思う。だから、殺す。
彼は凶器を掲げた。













「君を愛している。だから殺す」











彼女はにっこりと微笑んだ。彼の全てを包み込むように、やさしく、強く。













「貴方を愛している。だから、殺して」

















ある殺人者の恋


(君を殺すことでしか愛情を表現できない、僕は愚かなピエロ)
















「あっれー?ちゃん、そろそろ死んだと思ったのにー」


「今日も、形は武器を振り下ろさなかった」





は嬉しいような、悲しいような顔をして、ふかふかしたソファに腰掛ける。理事長とその孫が普段会話したり食事をしたりしている部屋だが、だけは特別にいつでもそこに来ていいことになっている。まぁ彼女がそこに来るのは、恋人が彼女を殺し損なった時……自己嫌悪に陥っている時に、彼を一人にするためのみだが。孫である不知火が差し出した肉まんを、は 「ありがとう」 と受け取った。
さすがですね、と理事長は笑った。


誰もが、彼女を殺したいと思う。それは、殺したいほどに彼女を愛するから。そして愛しているから、殺せない。





「絶対に殺されない」、それこそが彼女の「異常」だ。






「ほーんと、ちゃんは相性悪い男選んじゃったよねぇ。あ、違うな、あっちが相性悪いちゃんを選んじゃったのか」




殺したい男と、殺されない女。理不尽なほどに相性が悪いのに、お互いに惹かれあう。殺したい男は、自分の愛情全てを注いで殺せる女を求める。殺されない女は、自分を愛するがゆえに殺してくれる男を求める。悲しい理想。そして、その通りにはならない、現実。
毎日のように、彼は彼女を殺そうとする。愛しているから。だけど、武器を掲げることはできても、頭の中で殺すことができても、それを実行に移すことができず、抱きしめてしまう。愛しているから。
一番に求めていることが何なのか、お互いにわからない。殺すことが幸せなのか、殺されることが幸せなのか、それとも永遠にこのモラトリアムが続くことが幸せなのか。
ひとつだけ言えることは、それを考える時間、彼女は幸せだということだ。前提条件として、彼に愛されている。そのことが、幸せだ。きっと彼も、そうなのだろう。




「どっちが先でも、あまり変わりないと思う。……あたしは彼を愛している、彼の全てを受け入れる、それが全て」


「あーはいはい、ゴチソウサマ!」




不知火はひらりと手を振って、舌を出した。




















みーに捧げる。



10/01/29 椎名絢